最初は車中泊やテント泊で経費削減する予定だったが、疲れが溜まってきたしクマも気がかりである。だから、旅の後半になると自然と手頃な値段のキャビンやコテージを借りることが多くなった。宿の確保はスマホで行う。安宿専門の予約サイトで申し込むが、アラスカに入って、その説明に ”Dry Cabin” という表示が目に付くようになった。値段は高くはない。Cabinとあるから小屋のようなものか。 ”Dry” とあるから、「風通しがよくて快適に過ごせる」ということだろう。
フェアバンクスに着いて最初の1週間、森の中の ”Dry Cabin” に泊まった。平屋のログハウス。古くてボロいが、寝心地のよさそうな大きなベッドが設えられている。トイレが外だが、ま、いいだろう。時間もたっぷりあるし、「久しぶりに旨いものでも作るか」とエビやら鶏肉やらを買い込んだ。キッチンに立ち野菜を洗おうとするが、水道の蛇口が見当たらず、目の前に大きなポリタンクがドンと据えられている。この水を使えということか。勿体ないから、極力水を節約して洗い物を済ませた。準備が一通り整い、ボールに溜まった使い済みの水をシンクに流し、ベッドにごろりと横になってしばし休む。パックから取り出したままのカレーのルーの匂いが腹をくすぐる。何気なく流しに目をやると、さっきまで私が立っていた辺りの床が濡れている。洗い方が下手だったんだな。起き上がって床を拭く。さて、エビの解凍もできたようだ。具材を入れた鍋をガスコンロに乗せる。グツグツ、いい匂いがしてきた。ところがここで、ちゃんと拭いたはずの床がまた濡れているのに気づいた。ケチって使った少量の水だし、ちゃんとシンクの排水穴に流した。でも、床は濡れている。どう考えても変である。で、流しの下の扉を開けて驚いた。排水穴のパイプが中ほどで切断されて宙ぶらりんになっている。洗い物のボールを取り出す時には気づかなかった。これじゃあ、床が水浸しになるのは当たり前だ。しかし、なぜなんだ。そういえば、最初にカギを届けに来た管理人が水を表に撒くようなしぐさで何か言っていた。疲れていたし、早口でペラペラやられたから、適当にイェースとか返しておいたのだが。そうか、あの仕草は「水を撒く」を表していたのか。ということは、排水穴から落ちた水はボールで受け、いっぱいになったら外に撒けということか。でも、なぜ、排水パイプを曲げて外に流れ出るようにしないのか。なんでも機械にやらせようとするアメリカ人が、この排水ということに関してだけ、なんでこんなに手間のかかるやり方を続けているのか。
数日過ごして、その間、何回も水撒きをやり、ポリタンクの水を一回補充してもらい、やっと気づいた。これがDry Cabinなのだ。使い方を間違えるとWetになってしまうのがDry Cabinなのだ。後日、郷土博物館に見学に行ったら、同じ方式のキャビンがあった。夏だと思いつかないが、すべてが凍てついてしまう冬のアラスカは、一昔前まで、まともに上下水道が機能しなかったのではないか。その「水の苦労」を伝えるために、Dry Cabinはあるのだろう。
本文のドライキャビンとは別のドライキャビン。トイレがついていて、階段上がって左が「大」、右が「小」。「小」はしゃれた石畳の上にやるようにと、オーナーの若い奥さんが教えてくれた、ジェスチャー付きで。アラスカの人たちはそのくらい大らかである。
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